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  アンクルのクラシック夜話         2004/11/01(毎月1・15日発行)    
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  モーツアルトと公園のベンチ
  
 前回は領収書裏の余白に楽譜を書き付け作曲したシューベルトを紹介したが
類似するような例ならベートーベンにだって、モーツアルトにだってある。ベ
ートーベンは借りていた家の雨戸の戸板になんやらメモとか楽譜の一小節を書
き付けたし(夜話03.05.01号、引っ越し魔ベートーベン3)家主がそ
の戸板のメモされた部分を1枚づつはがして、客に売りつけちゃっかり一儲け
したというエピソードまで伝わっている。
 それではモーツアルト氏の場合はどうであったかをを紹介しよう。こういう
話しも残っているということで、真偽のほどはわからないというのはいつもの
とおりである。
 1791年も9月初旬、残暑がまだ厳しいある日の午後、モーツアルトは妻
コンスタンツェを伴って、ウイーン郊外レオポルドシャデ辺りのドナウ川左岸
を散歩していた、しばらくしてアウガルテン公園にたどりつき、園内のベンチ
を見つけ腰を下ろした。急に咳き込み気分の悪くなったモーツアルト、座れる
場所を探していたのである。森の新鮮な空気のヒトンチッドを吸い元気になっ
た夫を見て妻コンスタンツェは編み物を始める。モーツアルトはすっかりいい
気分になってまどろむ。
 「ああ、よく眠ったよ。実に楽しい夢を見た。夢の中で聴いた音楽、とても
この世のものではなかったね、私が今まで作ってきたものなど比較にならない
くらいだよ。いわば天上の音楽さながらの感じだったね。」とモーツアルト。
夢で聴いた妙なる調べを思い出したのか、ピアノに向かっているがごとく彼の
指が自然に動いた。「うん、ありがたい、だんだん思いだしたぞ。」とこれを
書き取ろうとポケットを探したが、一片の紙も鉛筆も見あたらなかった。そこ
であたりをキョロキョロ、幸いなるかな小さい赤いチョークを発見、大喜びで
、腰掛けていたベンチに書き付け始めた。
 するとどこで見ていたのか、公園警備の番人が木立の間から現れ「こら!ふ
とどき者。誰の許可を得て、そのようないたずらをするか。すぐ止めろ。」と
一喝。「どうか、ちょっと待って下さい。もうすぐ書き上げてしまいますから。
」とモーツアルトは嘆願するように言って、なお口の中でもぐもぐ唱えてなが
らときどきは空を見上げるように考えては続けるので、番人たまらず「こらっ、
貴様は実に図太い奴だな、名前はなんという?」怒鳴り付け、持っていた警棒
をモーツアルトの頭上に振り下ろそうとした刹那、「私はカペルマイステルの
モーツアルトです。」と答えると、その語が終わらない内に、番人はバネ仕掛
けの人形のように飛び上がり、口に中で「モーツアルト、モーツアルト」とつ
ぶやきながら、少し後ずさりになり、急に態度を一変。急に髭だらけの顔の微
笑みまで浮かべて「あの魔笛を作ったモーツアルトと同じモーツアルトですか
。あのト短調のシンフォニーを書いたモーツアルトですか?」
 モーツアルトはこれを聞いて思わず苦笑したが、この番人の無邪気なのに気
をよくし、自分から進んで彼に握手し、「そうです。私です。魔笛の作者は。
ト短調のシンフォニーも私です。」すると「何故早くモーツアルトだとあなた
は言わなかったのですか。ほんとうに失礼しました。」と詫びるが早いか、あ
っという間に近くにあるだけのベンチを運び集めて来た。「さあさあ。もっと
たくさん書いて下さい。これで足りなかったまだ集めてきますよ。」大得意顔。
 これはモーツアルトが最後に書いたレクイエムにかかるエピソードのひとつ
というのだが...。
                 UNCLE TELL
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