全国通勤列車座席配置喜怒哀楽...その1

  わが職場の同僚M氏は、この一週間ほど朝から落ち着かない。別のいい方をす
れば少々ご機嫌がよろしくない。原因はわかりすぎるほどよくわかってっている。
  M氏はN県の県庁所在地のN市の某大会社へ、T町からJR某線で1時間ちょっ
とかけて通勤している。
  朝の通勤電車を経験した人なら誰しもわかるだろうが、たいがいの人が乗る車
両の位置も座る座席も決まっているものだ。もうすっかり座席が埋まっている駅か
ら乗る人でも、乗る車両も立つ位置も決まっている。
  もちろんM氏も乗るハコ(車両)が一定ならば 座る座席も決まっている。毎日同
じ時刻に決まった車両に乗り、決まった座席に座る。横の席は30半ばのOLであ
り向かいは初老のサラリ−マン。斜め横は背の高い男子高校生である。要するに
いわば365日(土日は別としても)まわりは同じ顔ぶれで すべての席が決まって
いるといってもいい。
  M氏はそういうわけで、毎朝、席の同じ顔ぶれを見るとほっとする。すなわち向か
いの席の初老のサラリ−マン氏、その横の高校生、自分の横の大柄なOL、その
内の一人でも欠けると、どうしたのかなと気にかかる。
  としても毎日同じ席に座っている同士なのに滅多に口はきいたことがない。だか
ら互いに名前も居所も知らない。もちろんなにかのきっかけで話しをし、知り合いに
なることも時にはある。名前は知らなくても毎朝四ッつの向かい合い席を同じくする
もの同士の一種連帯感みたいなものも生じている。
  通勤電車、特にロ−カルではたいがい一つの列車の幾つかの車両のシ−ツごと
に、このような座席配置地図が出来上がっているものだ。だから、このハコのこの
位置にはあのだれそれが座るという暗黙の不文律が出来上る。たまたま一つの席
が空いていても、その席はいつもの髭の紳士が座ることを知っている乗客はそこへ
座ることはない。暗黙の優先権を互いに尊重しているのだろう。
  決まった席に決まった人が座るというこの秩序が、困ったことに壊されることがあ
る。ふりの乗客が闖入(^^)してきたり、まれに向かい合いシ−ツ型でなく、ベンチ型
が来たりする時だ。そして秩序にとって最大の危機は4月、新通学生などがどっと
入りこんで来る時だという。
  さて、いつもの時刻にいつものハコのいつもの自分の席に座ろうと入ってきた乗客
は、ことあろうことか先客に占領されているのを発見する。ふりの客には「暗黙の優
先権」なんてものは通用しない。そのオロオロ困惑する様はみものだとN氏はいう。
だからといって誇りある常連客としては、空いているからといってその隣に座ること
は、例の暗黙の了承からして出来にくいことなのだ。そこはU市に行くおばさん氏の
席。通勤電車を利用するのは今日一日だけではない。明日から先の”つきあい”も
大切なのである。
  ではどうするか、またはどうなるか。空いている席がまだあるのに立っているのも
バカらしい。一時圏外に離れるか、他のハコへ行って座ったりすれば、そこの秩序を
乱すことになるかしれないが、知らない世界のこと目をつむる。
  ハコひとつ違ってもまた、違う世界、勢力地図が広がっている。いつも乗り慣れて
いるハコとは違和感が著しい。ヨソものが来たなというよう目を向けられてしまう。
だからふりの乗客など常連の乗客にとっては、いわば歓迎せざる客、異物混入なの
だ。まさか口には出さないが、目は冷ややか、そんな感じを物語っている。
 ある日、若いそれは美人がある駅から乗り込んで、空いていた窓際の席に座った。
通路を挟んだ反対側の席も一人座っているくらい、その前後の列もそんな具合だっ
た。やや遅れて乗ってきた中年氏、その空いている席には見向きもせず、一直線に
その美人の前の席に納まった。”いっぱい他に席が空いているのに、何故わたしの
前に来るの?”という表情で中年氏をにらんだ。客観的に見れば、若い美人にねら
いをつけて席をとったようにも見えたかもしれない。しかし、いわずと知れたそこは
中年氏の指定席だったのだ。彼にとってそこに座ることはごく当然であたりまえ過ぎ
るのことなのだ。
  M氏の憂鬱・イライラはもうわかるだろう。彼の座るべき席がこの一週間ほど、若い
女性に占領されている。N市になんらかの理由でしばらく通うのだろう。この娘は娘
で、一週間ほどの利用でもちゃんと保守性を発揮して毎日同じ席に座っている。
  M氏は、一日も早く、彼女の短い通勤か通学かわからないが、その利用が終わっ
て元の状態・元の平安に戻ることを願っている。もっともM氏だって大きな顔は出来
ない。この2月転勤でN市へ来て、毎朝その電車のその席に座るようになったのだ
から、M氏が座ることによって指定席を失った人もいるかも知れないのだ。(つづく)

                                   UNCLE TELL

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 全国通勤列車座席配置喜怒哀楽...その2

  全国いたるところを走る通勤電車もかくのような葛藤哀楽を乗せ毎朝町々をめぐっ
ている。50分も1時間もかかる通勤電車、本音、誰しも座わりたい。さりとて、あまり
席にきゅうきゅうしている様を人にさとられたくないが、さりげなくといった感じで創意
工夫して席を確保する努力もするものだ。
  K駅から乗るAさんがその場所に立つのは、その前に座っているBさんが2つ先の
工場の多いS駅で降りることを知っているからである。そんなわけで、ある人が降り
てある人が座るという図式も出来上がっているのである。
  暗黙の約束で出来上がっている座席配置が、時に闖入者によって脅かされる。
犠牲になった人をかわいそうだと思っても、いつそれが、わが身に降り懸かるかわ
からない。今日は今日、まわりの人はなにもなかったかのように定位置を占め目的
地へ向かう。
  闖入者が単独ならば、被害も一人で済むが、児童とか老人会など団体が席を占
めると配置がメロメロに崩れてしまう。シ−ト型の車両でなくまれにベンチ型が来たと
きも同様である。みなそれらしきところに座ってはいるのだが...。
  座席の配置秩序が壊れるのが一日や二日の一過性のものならまだいい。最大の
危機というか変動期ともいうのが、4月の新通学、通勤者の大量参入である。この時
はもう今までの秩序は完全に壊れてしまう。新しい体制が固まるのに5月近くまでか
かるという。
  今までの座席の配置がすっかり変わってしまうと、降りる人を待ってその側に立っ
ている人も影響を受けてしまう。M氏も立っている乗客同士が途中の”S駅で降りる
新しい人をみつけなくちゃ..”なんて会話を耳にした。
 数分おきに電車が来る大都会地の通勤電車では、乗客は乗るハコや位置が決ま
っていても乗る人が固定することはないだろう。それにはあまりに電車本数や人が
多く流動性が激しいためだ。
  もっともこういった座席をめぐる保守性といったものは、別に通勤電車に限ったも
のではない。席があるところには必ずといって出来ると考えてよい。
  パソコン通信はSネットのBさん、S市のとある*屋さん、町の商店会の会合でも
座席はむろん決まっている。しかし席が規則で決められているわけではない。若い
商店主のBさんが座るのは入り口に近い末席の次くらい。ところが、事情を知らない
人が突然、Bさんの指定席に座ってしまうことがある。Bさんは困る。なにしろそれぞ
れの席にはそれぞれの既得権が..。というわけで簡単に横にスライドというわけに
はいかない。しょうがないもうひとつイスをもって来て割り込むことも...。
  別のIネットの学生のAさん。講義を聴く教室の座席の位置も決まっている。時に自
分の席が占領されていることがある。むッ、ときても文句をいうわけにはいかないとい
うもどかしさ。
 今日も明日も通勤電車は都会の地方の町をめぐる。座席をめぐる小さなドラマも続く。
                                             (おわり)
                                      UNCLE TELL 
       
                      
  

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